自分の最期について。結城美帆子

人間は、誰でも必ずいずれ死ね事はわかっているわけです。ただし、どんな死に方をするかはわかっておりません。わからない事を考えても時間の無駄だと思いませんか?考えた通りにいくとは考えられないし、その時はその時はになるようになるし、されると思います。一人の人間が死んでも法律上は誰にも迷惑を掛かる事がないようになっているようです。相続人がいない場合は、財産は国に没収されるだけですし、死んだところの行政が火葬にし埋葬する事になっておりますから、何の心配もいらないのです。死ぬまで一生懸命に生きれば良いのではないでしょうか。もし、自分で意思決定が出来なくなったら、それはそれで人に任せれば良い事だと思います。自分の最期を考えておいてください、何ていうのは、責任を負わされるのが嫌だからではないでしょうか?いつ死ぬかわからない母に「最期は、どうしたい」何て聞けませんでした。母がよく言っていた事は「死にたくない」でした。祖父も「死にたくない」と言ってましたが、二人とも亡くなりました。どんな死に方であれ、呼吸が止まるわけですから、楽には見るはずがありません。認知症になったらなったです。なるべく長く自分の意思で生きたいと思いますから、なるべく長く生きられるように健康に気をつけて生活してますが、必ずその時は来ます。来たら来たで良いじゃないですか。死ぬ時の事を考えて、今を精一杯生きられない方がバカだと思う。今この時を一生懸命に生きていれば良いじゃないですか。わからない事を考えてもしょうがない。