精神分析の正しい理解のために。結城美帆子

精神分析の正しい理解のために、、、、、患者の主体革命こそ精神分析独自の営みだと述べてきたが、それは悟りを開く修行のようなものでは決してない。時に、禅寺に入るような心づもりで分析家のもとを訪れる人もいるが、その場合、最後まで分析をやり通すことは難しいだろう。分析は現世の煩悩を断ち切るものでも、人生を捨てて超越して生きることを目指すものでもないからである。精神分析はその逆に、患者が自分の人生を捨てず、引き受けられるようにするために存在している。、、、、、患者を言語世界に生きる「主体」すなわち、「考える足」として扱うことで、新たな道を切り開く一歩を踏み出させ、再び人生を歩き出すことを可能にするのである。もちろん、分析の前後で、当人の人生が変わるわけではない。しかし無理数という概念によって数の世界の見方が変わったように、主体的一歩という分析体験を経た患者には、人生が別の角度から見えるようになるようにすなわち、より自分らしく人や社会と接することのできる、新たな意味と可能性を持ったものとして、人生が映りはじめるのである。向井雅明先生著書「考える足」より抜粋。