精神分析とは。結城美帆子

精神分析家は、国家試験も免許もありませんから、自分で精神分析家と名乗れば精神分析家です。任意団体はあるようですが。そんな中で、精神分析家と名乗るS・O氏は、「自身の分析経験によって、死の不安を引き受け、死の不安に耐えることができるようになっています。不安を最終的に死の不安として引き受け、それに耐えるようにすることが治療目標です。」と、言っておりますが、まるで神にでもなったおつもりなのでしょうか?精神分析とは、ありのままの自分自身を受け入れられるようになることであって、神になることではないのではないでしょうか?カトリックの神父と精神分析家が同じであるならば、貞節の誓いをたてて神父におなりになればよろしかったのではないでしょうか?向井先生は、「相手にしない。だれも相手にしない。」と、言っておられましたが、本当に相手にしないだけでよいのでしょうか?また、殺されるような人があらわれでもしたら、「精神分析は、危ない。精神分析家は、危ない。」と、思われ精神分析を受ける人がいなくなりますよ。本当に精神分析を必要としている人が、ちゃんとした精神分析家に精神分析を受けられなくなってしまいますよ。ちゃんとした精神分析家の先生方、本当にこのままでよろしいのですか?フランスで精神分析(教育分析)なるものを長年お受けになられて日本に帰国された向井先生、本当に相手にしないだけでよいのでしょうか?私は疑問です。