私の「リビング・ウィル」。結城美帆子

どこで、どんな死に方をするかなんてわかりませんが、もし、私の意思決定ができない状況になった時は、すべての治療を拒否します。もし、ピアノを教えることができない状況になる可能性がある場合は、治療を拒否します。人工的な栄養補給は、拒否します。私は、音楽と共に生きております。私が、音楽を終えるとき、命も終わるときです。他人に、下の世話を受けてまで生きていきたいとは思いません。私は私のままこの世をたり去りたいと思います。なるべる長く私のまま生きていられるように、主治医や管理栄養士さんにアドバイスを受けながら摂生して生きていきます。具体的には、毎月血液検査に行って健康チェックを受けております。毎日朝晩血圧を測ってます。高血圧にならないように、認知症にならないように、筋肉が衰えないように、毎日ウオーキングをして、毎日鯖の水煮缶と納豆を食べております。食べ過ぎを抑制するのが少々困難なときがあります。私は、医師や病院が嫌いなので、自分で注意して生きていければ良いと思います。昨夜、あるテレビ番組で、在宅診療医が、「在宅診療医の目的はなんですか?」の問いに、「患者さんと家族の生活の質の向上」とおっしゃっておりましたが、人工呼吸器をつけて胃ろうで全介助の人に、生活の質の向上なんてあるのだろうか?私は、そこまでして生きていたいとは思わない。自分で食べられなくなったら死を受け入れる。リビドーの備給が停止したら死を受け入れたことになると思う。母が病院に入院中に5度目の脳梗塞を再発したとき、血栓回収術はやるべきではなかったかも知れない。あのとき血栓回収術を行うことに同意した理由は、私が母の様子がおかしいと申し上げていたのに数日ほって置かれたので、「だからおかしいって言っていたでしょう」と医師に言いたい気持ちが強く、医師に対して頭にきていたこともあり同意したのです。