母の遺品の整理ができません。結城美帆子

遺品を整理しようとすると、色々なことが蘇ってきて涙が出てきます。どんなにやっても、後悔はあります。親子の確執もありましたから、母の介護は、正直精神的に大変でした。相談相手もおりませんでしたし、自分の悩みを相談できる人がいなかったのが辛かったです。医師も看護師もソーシャルワーカーも患者である母についてのことしか話しませんし、同意書にサインをする時も辛かったです。すべてが私の責任なのです。重いなんてものじゃありませんでした。今も重い物を背負ってしまっているので、重くて重くてたまらないです。母の死に顔を見ることはできませんでしたし、母のお骨上げもできませんでした。全部葬儀屋さんにお願いしてしまいました。母の死に顔を見たら、悲しみに耐えられないと思いましたし、母の遺骨を見たら悲しみに耐えられないと思いました。立ち直るまで相当時間を要すると思ったのです。死に顔はいつまでたっても消えることがないのです。だから、生きていていた時の顔をずっと覚えていたいから、私は誰の死に顔も見ないのです。それと、私は喪服を持っていません。今後作るつもりも購入するつもりもありません。母が死んだ時も、祖父母が死んだ時も、知り合いのお葬式に出る時も、喪服と言うものは着ません。喪服は、人が死ぬのを待っているようなので嫌なのです。祖母が死んだ時、母が喪服を作ってあげようかといったのですが、私は喪服を着るつもりはないからと断りました。なぜ、人が死ぬと黒を着るのでしょうか?黒柳徹子さんも以前テレビで喪服を着ないとおっしゃってました。この悲しみは、いつになったら消えるであろうか?