介護日記。結城美帆子

数日前から母が咳をしにくいようなので気になる。今日は、台風で雨がひどくびしょ濡れになってしまったので病院へは行きませんでした。私にとっては、経管栄養も人工呼吸器も酸素吸入もみな同じなのですが、医師は違うように思うのです。私は、自力で食べられなくなった時がお迎えが来た時と考えていたのですが、医師は違うようです。経管を始めるときに聞いた理由は、栄養が摂れないとむくみも取れないからなるべく早いうちに管を入れたほうが良いと言われたと思うのですが、なぜ、入れたままになってしまったのでしょうか?バルーンを入れた理由も、安静が必要なためと説明を受け、先日は師長から尿量がわかるためと説明を受けました。栄養を摂るための管は延命ではなく、酸素吸入は延命措置と言うことなのでしょうか?急変てどういう時に起こりどのようになるのでしょうか?人的な管理ミスで起こることも急変と言うのでしょうか?9月21日の再発は、私が言う前に発見できていて処置がもっと早ければここまで酷くならなかったのではないでしょうか?回復病院へ行けば、看護師が少なくなるわけですから、ここよりももっと目が届かなくるでしょうから再発した場合は気がつかれるまで相当に時間がかかることにもなるでしょうね。母に腕の良いかかりつけ医を見つけてあげることができなかった。遅かった。母を苦しめてしまいました。治療と延命措置の違いがわからない。生きて行くためには、楽しみ、喜び、快楽が必要なのではないか?人間の2つの欲望、性欲と食欲、どちらの欲望も快感、喜びがあるであろう。戦争中で明日死ぬかもしれないときでもセックスをする、北朝鮮に拉致されて殺されるかもしれなくてもセックスをし子供まで産む、人間はどんな状況になっても快楽を求めるということなのか?不安だから不安を打ち消すために快楽を求めるのか?食べる楽しみ喜び快楽を奪われた母は何を求めて生きて行けば良いのか?先日、動くこともできず人工呼吸器をつけなければ生きられない難病と闘っていた篠沢秀夫先生がお亡くなりになりました。篠沢秀夫先生は、生前、安楽死は反対とテレビでおっしゃっておりました。私も安楽死は反対です。「延命措置を希望しません」と病院長に提出させることは、「もう、治療はけっこうです」と言うことで、安楽死と同じじゃないですか?結局、医師は医療の敗北を認めたくないから、患者自ら「治療は、もうけっこうです」と言わせたいだけなのではないでしょうか?医師は「医療が進歩したから」と言いますが、本当に進歩したのでしょうか?注射も未だに痛いですし、胃カメラだって未だに苦しいし、どこが進歩したのでしょうか?ガンで死ぬ人だってまだまだたくさんおりますよ。