サービス付き高齢者住宅「サ高住」が幸せとも思えない。結城美帆子

昨夜、テレビでサービス付きシニアの分譲マンションに暮らしている人達の様子をやっていて、幸せと言っておりましたが、毎日遊んで生活をする事が幸せなのでしょうか?人間いつかは死ぬのです。死んだ人の部屋はどうなるのでしょうか?老人ホームや病院は、死んだ人の後のベットには、すぐに次の人が入ってきます。サ高住でも看取りもやるとの事ですが、一人の人に24時間付きっきりと言う事はないと思います。人間が息を引き取るのをのを見ているのって辛いのではないかな。私は嫌だな。今は、急性期病院、リハビリ病院、療養病院と分かれていて、療養病院は今年の3月で廃止になりますが、医療的ケアが必要な人はどうすれば良いのでしょうね。人と人の絆が無くなってしまったことが悪かったのではないでしょうか?介護福祉士の国家資格ができた時、資格が無いと介護ってできないのかね、資格が無くたって親の介護してきたのに、とか言ってました。私の母も医療的ケアが必要でした。でも、主治医には、管は入れないと言っていたのですが、6回目の再発後は、経鼻菅栄養になりました。医師と患者の家族とのコミュニケーションが足りないと思いました。だから、主治医に手紙を書いたりもしました。自宅に退院してくるのに、菅は抜いて欲しいと医師に申し上げておりましたが、経鼻菅栄養は受け入れましたが、結局、経鼻菅からも、点滴も入らなくなり亡くなりました。母の気持ちだったのではないかと思いました。医師に対しての最後の抵抗だったように思いました。管を入れられるのは、私は嫌でしたし、母も嫌だったのではなかったのではないかと思います。母は、鼻から管を入れて痰を吸引されるのをとっても嫌がっておりました。ほとんどしゃべれないのに鼻から管を入れられる時は、はっきりとした声で「やらないで、嫌だよ、やらないで」と叫んでおりました。患者に苦痛を与えない医療を望みます。私は、介護を受けるのならば餓死を望む。